「創造的な人工知能」開発日誌

創造性を持った人工知能と、そのビジネス応用など。未来の人工知能についても考察。

人工知能に仕事を奪われるどころか下働きをさせられる可能性を考える

人工知能が絵や小説を作った?

最近、人工知能が絵を描いた小説を作った、作曲したというニュースを目にすることが多い気がします。飛躍的な技術の進展があったわけではないと思うので、メディアに取り上げられるのは人工知能ブームだからなのでしょう。

私も人工知能に創造性を発揮させる研究をやっているので、メディアで話題になるのはありがたいことです。

人工知能が創造的になれるのか?という議論も面白い(というか私の研究テーマのひとつ)なのですが、ここでは人工知能の作った絵や小説を見て感じたことを。

人工知能が小説を作るのは至難の技だが本当に達成できたのか

既報によると、人工知能の役割は人間が作ったストーリーから文書を生成する「柔軟な文書テンプレート」とも呼ぶべきものだそうです。(メディアの人ってキャッチフレーズつけるの上手ですよね・・・。それで誤解も生じるわけですけれど)

さすがに文書テンプレートとは質的に違うと思うのですが、ストーリーは人間が創らねばならないというのは事実のようです。

人工知能がストーリーやコンセプトを作れるようになるとどうなるか

では人工知能がストーリーやコンセプトを創れるようになると何がおきるでしょう。

個人的には人間が人工知能の下働きのようなことをさせられないかを心配しています。

商業ラインに載せられるレベルの小説であれば、テニヲハの微妙な間違いや、単語のちょっとした選択ミスが命取りになります。ストーリーやコンセプトを創ることと、これらの繊細な表現力を身につけることは別の能力です。

そして、この繊細な表現力というのは創造性に負けず劣らず難しい。繊細な表現力を持つには、繊細な審美眼や感受性が求められるからです。

もし人工知能が先に創造性を身につけてしまえば、この繊細な手直しを人間が担うことになります。

別の例を挙げましょう。僕の目の前には美味しそうなハチミツのチューブがおいてあります。パッケージにはいくつもの花が描かれていて、お花畑を連想します。その花は写真でもなく絵でもなく、その中間の質感です。おそらくですが、写真をベースにコントラストを強くしたり、色を変えたり、種々のフィルタを適用するなどして、手にとりたくなるパッケージに仕上げたんだと思います。

お花畑のようなパッケージにしよう、色調は暖色系にしよう、といったザックリとしたコンセプトレベルが、小説でいうストーリーのようなものにあたり、コントラスト比の微妙な調整やフィルタの選択は、テニヲハや単語の繊細な選択にあたると考えられます。

すると、パッケージデザインについては、後者の微調整部分だけが人間に残される仕事となります。

美大に行くようなタイプの人にとっては、どちらかというと花形の仕事を人工知能に奪われ、さらに下働きのように感じられる仕事をさせられるということになってしまいます。

人間らしい仕事だけが残るのだとして、人間らしい仕事とは?

人間だからこそできる高度な仕事は安泰だ、という論調を目にすることがありますが、あえてその逆をいく考察をしてみました。

人間と機械の大きな差のひとつは、複雑で変化に富んだ世界で臨機応変に行動できるかということがあります。これは犬やネコでもできることです。この臨機応変さは、小さなちょっとした行動の積み重ねで可能になっています。石につまづかないようにする、であるとか。機械はこういったことは得意ではないです。

もしかすると、人間らしい(機械的では無い)作業というのは、大胆な創造性ではなく、こまごまとした繊細な作りこみなのかもしれませんね。