「創造的な人工知能」開発日誌

創造性を持った人工知能と、そのビジネス応用など。未来の人工知能についても考察。

自信満々な人工知能、自信を持てない人工知能

なにかをやり遂げる上で、自信を持つことが大切だといわれます。実際に自信を持つことが本当に良い結果につながるかはともかく、自信満々で取り組んでいる人とそうではない人は現実にいます。

とある調査では、ある集団を除いて自分のことは過大評価する傾向にあり、その集団とはうつ病の患者であったそうです。やや拡大解釈ではありますが、精神的に健康でいるための必要条件が、自信を(少し過剰なくらいに)持つことだと考えられます。

 

人間が生きていくうえで、なぜ自信なんていうものが必要なのでしょうか?自信は最小限で、むしろ慎重さを発揮するタイプの人のほうが生き残る上では優位な気がしませんか?人間が狩猟をしていたころは自信満々なタイプは獲物に突っ込んでいってすぐにやられてしまいそうだし、現代だって慎重に着実に仕事をするタイプの人のほうが成功の確率は高そうです。

種全体の生き残りという観点では、慎重なタイプと自信満々なタイプが混在するポートフォリオによって全体の生存確率を上げられるという解釈もできるでしょう。ただ個々の生き残りという点では・・・。自信満々なタイプはハイリスク・ハイリターンだから、たまたまハイリターンを得た個体が多数の子供を持ち、「自信満々遺伝子」を残せるのでしょうか?

 

こうなってくると、人工知能に自信を持たせることはあまり意義がないようにも思えます。工場で人間の代わりに製品の組み立てたり、思い荷物を持って走り回るようなロボットであれば、自信という機能は不要そうです。

工場で働くロボットたちのなかで、ある個体は自信満々に振るまって大胆にネジを締めていく、別の個体は自分に自信が無いものだから恐る恐る慎重に部品をはめこんでいく・・・。ディズニーのアニメ映画ならそんな工場は楽しそうですが、効率性という観点では均一であったほうが安定供給できてよさそうです。(確率的に異なる振る舞いをさせることで、より効率的な方法を探索できるなら、それはそれで面白いですが)

 

ここでやっぱり不思議なのが、自信満々なロボットと、慎重なロボットという異なる性格が、彼らに人間らしさを与えるということです。ドラマやアニメだと自信の有無というのはキャラクター設定のうえで重要なファクターです。ペットの犬やネコでも、大胆なタイプと慎重なタイプ、それぞれに別の可愛さがあります。人間と一緒に生活するロボットであれば、自信の有無は不可欠かもしれません。

 

じゃあ自信の有無をどうやって機械で実現するんだ、といういうメカニズムが気になってきますが、自信があるように(または無いように)振る舞うだけならば、その振る舞いを組み込んでおけばいいですね。人間は騙されやすいですから、そのように見えるだけで良ければ(簡単ではなくても)技術的には十分に可能でしょう。

面白そうなのは、自信の有無という性格が個体ごとに勝手に現れてくるような場合です。とても賢い人工知能を作ってみたら、なぜか性格が違う。ある個体は自信満々にふるまうし、別の個体は違う。機械が個体ごとに違う性格を持つなんてあり得ないと思われるかもしれませんが、脳のような複雑な構造のゆらぎが性格を作っているのだとすれば、無い話ではないと思いますよ。そうなれば面白いですね。