「創造的な人工知能」開発日誌

創造性を持った人工知能と、そのビジネス応用など。未来の人工知能についても考察。

人工知能が"聲の形"の主人公になる日

話題になってからもうだいぶたちましたが、週末に「聲の形」を読みました。聴覚に障害のある少女と、彼女へのいじめがきっかけで友人を失い孤独になった少年が描かれた作品です。

 

読んだきっかけ→聲の形を読んだ1級障害者の私と、喧嘩をしよう

 

まだ1巻しか読んでいないのですが、とても面白いです。私は1巻だけ買いましたが。全巻をまとめて割安に購入することもできたので「まとめ買いすればよかった!」と少し後悔しています。

 

www.amazon.co.jp

 

僕の心にグサッと刺さったのは、主人公たちの不器用さでした。たいくつな日常に負けないために、いじめに走ってしまった将也と、周囲に溶け込むためにいじめにあいながらも健気に周囲とコミュニケーションを取ろうとする硝子。

 

特に「自分は不器用だ」と感じている読者は、ついつい主人公への感情移入して物語に引きこまれてしまうのではないでしょうか。

 

信長の野望三国志で有名なコーエーテクモの貴重な対談記事にも、ゲームの主人公になりきってプレイできることの大切さが語られていました) 

news.denfaminicogamer.jp

 聲の形は物語の世界でしたが、現実の世界でも自分と似た人や、素敵な生き方をしている人には感情移入や共感をすることはよくあります。カンブリア宮殿のようなテレビのドキュメンタリーを見てもそうですし、身近な人が困っている時に自分のことのように心配になることもあります。

 

では果たして、人工知能に感情移入や共感をすることはあるでしょうか?

 

私は「そういう日はきっとくる」と感じています。それどころか、徐々に始まっていると思います。

 

共感や感情移入には、相手との関係によって3つのレベルがあると思います。

 

1.守ってあげたいという感情移入

2.同じ目線での感情移入

3.憧れに近い感情移入

 

相手が赤ちゃんだと、笑ったり泣いたりという一挙一投足に引きこまれてしまいます。知り合いの赤ちゃんと遊んでいると、自分の表情や気持ちが赤ちゃんの表情に影響されていることに気付いてはっとすることがあります。

一方で、テレビのドキュメンタリーでバリバリと働く経営者に感情移入するのは憧れでしょうか。 

 

人工知能やロボットでは、

 

1(守ってあげたい)→アイボ、ペッパー、パロ

2(同じ目線)→???

3(憧れ)→囲碁や将棋の人工知能

 

ペットや小さな子どもに感じる1の共感を、憧れの先輩や偉人には3の感情移入をしていましたが、これらをもたらす人工知能やロボットはすでに存在していると思います。

1であればアイボ、ペッパー、パロあたり。将棋や囲碁人工知能に対しては3の気持ちを抱く人がいても不思議はありません。(僕は囲碁のソフトには憧れや嫉妬に近い気持ちを抱きました)

 

一方、2は1や3より少し難しそうです。おそらく"聲の形"の主人公には2の感情移入が僕の中で起きたんだと感じています。不器用な二人。自分のことのようにハラハラするし、傷つきもします。

聲の形の主人公たちは少年、少女なので、自分のことのように感じるのは比較的容易です。誰もが通った道であったり、または現在進行形で同じ年代の人達もいますからね。

ですが、人工知能やロボットといった異質なものに同じ目線での感情移入ができるでしょうか?私は、少なくとも人間とそっくりの姿形や知能を兼ね備えたロボットならば、同じ目線での感情移入が起きると考えています。

 

前提として、人間はわかっていても思い込みや印象から逃れることはできません。思い込みというのは脊髄反射のようなもので、逃れられないのです。梅干しの匂いを嗅ぐとよだれがでてきます。たとえ「これは化学反応で人工的に作った偽物の匂いだ。食べることはできない。」と聞かされていたとしてもです。真実とは無関係に身体は(脳は)反応してしまうのです。

だから、人とそっくりな行動や姿形をするものには、人間と同じように反応してしまうはずです。

 

既に、こんなロボットが人々をびっくりさせていますね。

www.youtube.com

www.youtube.com

 

人間そっくりな身体をもったロボットは目の前です。

 

 そして、最も大事な心もです。人間に近い知能と心を実現する技術の研究は猛烈な勢いで進んでいます。(そのために必要な技術は、現在の「物体認識」等に使われる技術のその先にあると考えますが、それはまた機会があれば) 

 

人工知能やロボットが、人間とそっくりの心と体を持つようになれば、梅干しでヨダレがでるように、人は脊髄反射的に感情移入をしてしまうことでしょう。